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東京高等裁判所 昭和49年(ネ)862号 判決

控訴人

原哲夫

右訴訟代理人

三宅東一

被控訴人

株式会社山崎組

右代表者

山崎丈夫

右訴訟代理人

金田善尚

主文

原判決を次のおり変更する。

控訴人は、被控訴人に対し、金六七万五〇〇〇円を支払え。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審を通じて二分し、各その一を控訴人、被控訴人の各負担とする。

この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一控訴人の本案前の主張について

本件契約約款二七条一項が「この契約について紛争を生じたときは、当事者双方または一方から相手方の承認する第三者を選んで、これに紛争の解決を依頼するか、または建設業法による建設工事紛争審査会のあつせんまたは調停に付する。」と規定していることは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、本件契約約款二七条二項は「前項によつて紛争が解決しないときは、建設業法による建設工事紛争審査会の仲裁に付することができる。」と規定していることが認められる。被控訴人が右二七条一項に定める手続を経ないで本件訴を提起したことは、被控訴人において明らかに争わないから自白したものとみなす。

よつて考えるに、本件契約約款二七条一項は、本件請負契約について紛争が生じたときは、まず同条項に定める手続によつて紛争の解決をはかるべきことを定めたものというべきであるが、同条二項によれば、右手続によつて紛争が解決しないときは、建設業法による建設工事紛争審査会の仲裁に付することができるというのであるから、仲裁に付すること自体は任意的選択的なものとして定められており、したがつて、同条一項に定める手続によつて紛争が解決しない場合には、当事者は判決手続による紛争の解決を選択して訴を提起することもできるものと解される。ところで、本件訴は同条一項に定める手続をも経ないで提起されたものであるが、同条一項の規定は、訴訟手続を排し、もつぱらあつせんまたは調停によつてのみ紛争を解決する旨のいわゆる不起訴の合意を解することはできず、訴訟手続とは別個に、独自の解決方法によりうることを合意したにすぎないものと解するのが相当である。そして、本件にあつては、本来当事者の自主的な解決の意思と相互的な理解を基調とする同条一項に定める手続によつてはもはや解決が困難であることが記録上うかがわれ、判決による紛争解決の必要性が認められるのであるから、右手続を経ていないことから本件訴を不適法とすべきではない。しかも、控訴人が右本案前の主張をしたのは、当審第二回口頭弁論期日であつて、これに先立ち原審においては、判決までに一一回の口頭弁論が重ねられ、控訴人はその第一回期日において本案につき弁論を開始し、前記合意の記載されている甲第一号証が提出されたのはその第二回口頭弁論期日であることが記録上明らかであり、右によれば、控訴人は、前記合意の存在を知りながら、その定める紛争解決の途をとることを放棄したものと認めるのが相当である。してみれば、控訴人はもはや右合意を本案前の主張の根拠として主張する権利を有しないものというべきである。

したがつて、右いずれの点からいつても控訴人の表記主張は採用できない。

二本案について

1  被控訴人は、土木建築工事の請負等を目的とする会社であるところ、昭和四六年二月二日、控訴人との間に、被控訴人が控訴人のため新潟県長岡市御山町二一七番二の土地内における道路新設工事を、着工右同日、完成同年四月二〇日との約定で請負う旨の契約(本件請負契約)を締結したことは当事者間に争いがない。そして〈証拠〉によれば、本件請負契約においては、請負代金を金一四七万五〇〇〇円、代金の支払期日を工事完了後七か月以内と定め、かつ、本件契約約款二三条二項に、請負代金の遅滞がある場合には、請負人は注文者に日歩一〇銭以内の違約金を請求できる旨の規定があることが認められる。更に、〈証拠〉によれば、被控訴人は、昭和四六年四月二六日、工事現場において、控訴人及び本件工事の監理技師大野達乎の立会のもとに、本件道路が完成したとして、これを控訴人に引渡したことが認められる。

控訴人は、本件請負契約代金は、道路が完成し、控訴人所有地が宅地として売れたときにこれを支払う約束であつた旨主張するが、右主張に添う〈証拠〉は信用できず、他に代金支払時期に関する前認定を覆えして控訴人の右主張を認めうる証拠はない。このほか、以上の認定に反する〈証拠〉は前掲各証拠に比べただちに採用できず、他にこれを覆すに足りる証拠はない。

2  控訴人は、本件請負契約においては、工事の設計図及び仕様書が作成されていないから、いかなる工事をするのかその内容を定めることができず、契約の目的を確定できないから、契約自体が無効であると主張する。

被控訴人は控訴人の右主張が時機に後れた攻撃防禦方法であることを理由にその却下を求める。しかし、契約の内容が確定していないため無効であるかどうかは法律問題であり、その前提をなす設計図等の作成の有無は既存の証拠関係によつて認定しうるところであつて、別段新たな証拠調を必要とするものではなく、控訴人の前記主張の提出が訴訟の完結を遅延せしむべきものとは認められないから、被控訴人の申立は失当としなければならない。

そして、〈証拠〉によれば、控訴人は、本件請負契約に先立ち、本件請負契約において監理技師となつた大野達乎に控訴人が被控訴人に注文する道路工事の設計図五枚を作成させ、本件請負契約においては、被控訴人が控訴人のため右設計図に基づき非舗装砂利敷の道路を建設する旨合意されたことが認められ、〈る。〉

〈証拠〉によれば、前記設計図上本件道路は幅員四メートル、長さ七四メートルで、その位置、形状は明らかになつているが、道路が中央付近でカーブするよう設計されているのに、道路の勾配は道路の片側側縁部分の距離のみに基づいて設計されており、カーブする道路を設計する場合の基本となる平面図及び縦断図における道路のは中心線、中心線上の各基点間の距離、勾配、曲線部分の半径、角度の記入がいずれもないため、右設計図のままでは実際に道路を建設することは困難であること、しかし、右設計図には前述のように道路の位置、形状が明らかにされ、片側側縁部分における各点間の距離が明らかにされているから、これらをもとに道路の中心線はもとより中心線上の各点間の距離、勾配、曲線部分の半径、角度を算定して右設計図を修正することは技術上十分可能であること、が認められる。

右認定したところによれば、本件請負契約の工事内容を確定できないものということはできないから、控訴人の前記主張は失当である。

3  控訴人は、本件請負契約においては、自動車の乗入れが可能な道路を建設する趣旨であつたのに、被控訴人が現実に建設した道路は右と異なり自動車の乗入れができないものであるので、控訴人は被控訴人に対し右瑕疵の修補を求めたが、被控訴人がこれを行わないから、右修補が終了するまで本件請負代金の支払義務がないと主張する。

(一)(1)  〈証拠〉を総合すれば、本件請負契約は、契約書上「指定道路新設工事」と命名されていることからも明らかなとおり、控訴人がその所有山林等を宅地に造成して分譲する計画の一環として右宅地が建築基準法四三条所定のいわゆる接道義務の要件を充たし、これを建物の敷地として適法に使用することができるように、幅員四メートルの規模の道を築造し、かつ、同法四二条一項五号の特定行政庁の道路位置の指定を受けることを目的として締結されたものであることが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

(2)  ところで、右特定行政庁の道路位置の指定は、当該道が建築基準法施行令一四四条の三各号に定める基準に適合する場合にされるものであるが(このような規制は、本件請負契約締結の日の前である昭和四六年一月一日より施行された。昭和四五年六月一日法律第一〇九号附則一項、同年一二月二日政令三三三号附則一項参照)、右基準の内容を仔細に検討すると、特定行政庁がその地方の気候もしくは風土の特殊性または土地の状況により必要と認める場合において異なる基準を定めるときは格別、そうでない限り、自動車が当該道を通行することを予定しており、したがつて、当該道に自動車の乗入れが可能であることを必要としているものと解することができる。それ故、本件請負契約の目的物たる道路(以下、本件道路という。)の区域につき建築基準法施行令所定の基準と異なる基準が定められたことが認められない本件においては、反対の事情がない限り、控訴人は本件道路を自動車の乗入れが可能なものとしたうえで、道路位置の指定を受ける意向であつたと推認すべきものである。

(3)  叙上の点に〈証拠〉をあわせ考えると、本件請負契約においては、建設される本件道路は自動車の乗入れが可能であることを内容としていたものと認めることができる。

(4)  〈証拠〉によれば、被控訴会社の本件道路工事の現場責任者である小林秋雄が工事の半ばで、本件道路を自動車で登坂することが不可能か、すくなくとも非常に困難であることに気付き、控訴人に対し設計図どおりに工事するときは、勾配が急で、自動車が登坂できないような道路ができるおそれがある旨告げたところ、控訴人は設計図が作成されているのだから、そのとおりに工事すればよいと述べたこと、その後一、二回行われた打合わせの際にも、小林は自動車の登坂が不可能であることを指摘して、控訴人に相談したが、同様の答えであつたことが認められる。右認定のような小林の行動は、同人が証言しているように単に良心に促されてしたというだけではなく、本件請負契約において、本件道路に自動車の乗入れが可能であることが内容として定められていたからこそ、そのことを踏まえてしたものと理解すべきものであり、これに対する控訴人の応答は大野達乎の設計図を信頼し、それに則つて施工すれば自動車の乗入れが可能となると考えていたためとみるべきものであろう。

本件請負契約において、本件道路に自動車の乗入れが可能であることが内容とされていた旨の叙上の認定に反する〈証拠〉は信用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

(二)  ところで、〈証拠〉によれば、大野達乎作成の設計図に前記2で説示した所要の修正を施すと、右設計図では道路の勾配が五分の一(五メートルの区間で一メートル高くする場合をいう。)ないし八分の一となつているのに、修正値では道路が曲線を描く区間で特に3.2分の1の急勾配となり、このまま施行した場合には、道路が非舗装のためもあつて、自動車で登坂するのは不可能か、すくなくとも非常に困難となること、実際にでき上つた本件道路の勾配は、大野達乎の作成した設計図に前述の修正を施したものに比べると一部やや急な部分もあるが、全体的に見ると右修正後のそれより幾分ゆるやかであるものの、現在のままで自動車が登坂することはやはり困難である(なお、被控訴人が建設した本件道路の長さは62.26メートルで先に認定した設計図上の長さ七四メートルより短いが、右は控訴人が被控訴会社の現場責任者小林に対し建設すべき道路の終点と始点を実地に指示したので、小林が右指示区間に道路を建設したことによる。)ことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

(三) 右認定事実によれば、被控訴人が現に建設した本件道路は自動車の乗入れができないか、すくなくともそれが非常に困難なものであるから、本件請負工事は瑕疵があるものであり、被控訴人は控訴人に対し、右瑕疵を修補すべき義務を負担したものである。本件請負工事の瑕疵の原因の一端が、請負契約における注文者の利益を保護すべき立場にある監理技師大野達乎の作成した設計図にあつたことは明らかいであるが、本件請負契約は建築基準法四二条一項五号の特定行政庁の道路位置の指定を受けるべき道を築造することを目的とし、そのため自動車の乗入れが可能な道路を作ることが契約の内容とされたのであるから、設計図どおりの工事をするときは契約の趣旨に適合しない道路ができ上ることとなる以上、被控訴人としては、設計図につき疑義を抱くか、これによる工事が適当でないと認めて、監理技師大野達乎に通知すべきであるのに(本件契約約款一二条一項参照)〈証拠〉によれば、被控訴人は単に控訴人に対し前記(一)(4)のような告知をしただけであつて、大野に対し全然通知もせず、したがつて、同人の調査並びこれに基づく指示(前同条二項参照)を受けることもしないまま、ただ大野の作成した設計図に前述の修正を施したものより幾分緩やかな勾配のものに作り上げたにすぎないことが認められるから、本件請負工事の瑕疵の原因の一端が前記設計図にあつたからといつて、被控訴人が瑕疵の修補義務を負わないものということはできない。

(四)  そして、請負契約において、注文者は、双務契約の通則に従い、請負人が修補義務を履行するまで請負金の支払を拒む同時履行抗弁権を有するものであり、本件において、被控訴人が本件請負工事の瑕疵を修補するまでは控訴人に請負代金の支払義務がない旨主張する控訴人は、右主張を提出することにより、右の同時履行抗弁権を行使する意思を表示したものと解されるのであるが、このような場合、注文者において請負人が負担するに至つた修補義務の内容を工事の規模、構造等に関する仕様の詳細に亘つて具体的に特定して主張立証すべきことは事柄の性質上当然であり、本件に則していえば、単に抽象的に自動車の乗入れが可能なように修補すべきであるという程度では足りないというべきである(修補義務の内容を上記のように具体的に特定することなしに、裁判所が判決主文において修補義務の履行と引き換えに請負代金を支払うべきことを命じた場合、請負代金債権の強制執行開始の段階においてはたして修補義務か履行されたか否かについての紛議を生ずるおそれがあり、請負契約上の紛争の迅速確実な解決の要請に添わない結果となる。この意味においても、修補義務の内容の具体的特定の必要があるということができる。)。しかるに、本件において控訴人は右の事項に関し、なんら主張立証するところがないから、同時履行関係に基づく引換給付を命ずるに由ないものといわなければならない。

(五)  以上に関連して、控訴人は本件契約約款一二条一項を根拠にして、被控訴人は設計図等について疑義を抱くか、これによる工事が適当でないと認めて、これを注文者たる控訴人か監理技師大野達乎に通知すべきであつたのに、これをせずに自動車の乗入れができない道路を建設したのであるから、控訴人には本件請負代金の支払義務がないと主張する。

被控訴人側が、工事中、控訴人に対し設計図どおり施工するときは、勾配が急で、自動車の登坂ができないような道路ができるおそれがある旨告げたが、監理技師大野達乎に対しては全然通知しなかつたことは前認定のとおりであるが、このような事実の如何が直ちに請負代金支払義務の存否に結びつくとみるべき法律上の事由は見出せないから、控訴人の表記主張は採用できない。

4  控訴人は、控訴人と被控訴人との間に昭和五〇年一月二二日「控訴人が被控訴人に対し本件請負代金のうち金五〇万円を支払つたときは、被控訴人は本件道路を修補し、かつ、控訴人に対する残代金請求権を放棄する。」旨の合意が成立し、控訴人は、同日、被控訴人に対し、全五〇万円を支払つた旨主張する。

控訴人が右同日被控訴人に対し金五〇万円を支払つたことは当事者間に争いがないが、控訴人主張の右合意が成立したことを認めるに足りる的確な証拠はないばかりでなく、かえつて、〈証拠〉によれば、控訴人は右五〇万円を支払うに際し、被控訴人に対し「判決(原判決のこと)表示の金員の内金として、本日金五拾万円を支払い残額は早急に支払います。」と記載された右同日付の念書を差入れていることが認められ、右に照らせば、控訴人の前記残額請求権の放棄の主張が失当であることは明らかである。

5  控訴人は、本件請負代金一四七万五〇〇〇円は横田喜造及び伊藤熊太郎の共有地並びに長岡市の所有地の道路新設工事をも一括した金額であるから、その工事割合によつて分割請求すべきであると主張する。

しかし、右の者らが被控訴人に対し道路の新設を注文した事実を認めるるべき証拠は何もないばかりでなく、原審において控訴人自身が右の者らとの関係は控訴人との内部関係にすぎない旨供述しており、控訴人の右主張も採用の限りでない。

6  先に3に説示したところによれば被控訴人が本件請負工事の瑕疵の修補義務を履行するまで、控訴人において請負代金の支払を拒む同時履行抗弁権を本訴で行使する具体性に欠けるけれどもその存在自体は肯認することができ、そうとすれば右同時履行抗弁権の存在自体によつて、控訴人は請負代金債務につき履行遅滞の責を免れることが明らかであるから、遅延損害金を日歩一〇銭以内とする旨の約定では遅延損害金の額が確定していない旨の控訴人の主張について判断するまでもなく、被控訴人主張の遅延損害金支払義務はその成立要件を欠くものといわなければならない。

7(一)  控訴人が昭和五〇年一月二二日被控訴人に対し金五〇万円を支払つたことは当事者間に争いがない。

(二)  本件請負工事に瑕疵があることは前述のとおりである。そして、〈証拠〉によれば、本件道路を自動車の乗入れが可能なものにするためには、(イ)勾配の緩和、(ロ)曲線区間の拡幅、(ハ)アスフアルト舗装が必要であることが認められる。ところで、右(イ)ないし(ハ)は相関的なもので、たとえば、アスフアルト舗装にしなくても、勾配をいつそう緩和すれば(その場合は道路長を延伸することが必要となろう。)、自動車の乗入れが可能となる理であり、本件においては、非舗装砂利敷の道路を建設することが契約の内容として定められていたのであるから、このことを前提として、(イ)(ロ)の数値をより緩やかに、かつ、多い目にとることによつて、自動車の乗入れ可能の条件を充たすこととなるわけである。〈証拠〉中にみえる修補費用金三〇万円ないし四〇万円という金額は、数人の専門業者に打診した結果得た価額であるというのであり、当該金額は非舗装砂利敷の道路であることを前提とするものと解し得られなくはないから、本件道路を自動車の乗入れが可能なものとするためには、最低金三〇万円を必要とすると認められ、したがつて、本件請負工事の瑕疵によつて控訴人が被つた損害の額は金三〇万円を下らないものと認めるのを相当とする。控訴人は、控訴人が被つた損害の額は本訴請求金額である金一四七万五〇〇〇円を越える旨主張するが、その主張自体不確定的であるのみならず、右主張を認めるに足る証拠はない。以上によれば、被控訴人の本件請負代金債権は、金三〇万円の限度における損害賠償請求権を自働債権とする控訴人の前記相殺の意思表示により、対当額において消滅したものとすべきである。

三結論

以上の次第であるから、被控訴人の控訴人に対する本訴請求は、請負代金一四七万五〇〇〇円から相殺により消滅した金三〇万円及び弁済により消滅した金五〇万円を控除した金六七万五〇〇〇円の支払を求める範囲内において正当として認容すべく、その余は失当として棄却すべきであり、これと一部結論を異にする原判決を変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(蕪山厳 高木積夫 堂薗守正)

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